浮世絵コンシェルジュ 畑江麻里

太田記念美術館「歌川国貞展」

母校の先生と太田記念美術館「歌川国貞~和の暮らし、和の着こなし」へ。

現在、渋谷Bunkamuraの「国芳・国貞展~ボストン美術館所蔵」も大反響で、遂にやってきた国貞ブーム!?に嬉しく思っております。

浮世絵の状態、質・量ともにボストン美術館所蔵の方が素晴らしいと感じましたが、(こちらは退色してしまっている作品も多くありました)この展覧会に飾られていた、≪星の霜当世風俗 蚊やき≫は状態がとても良く、目を見張るばかりでした。

≪星の(や)霜当世風俗≫は、国貞の美人画を代表するシリーズの一つで、八花形の縁の古鏡風の枠内に題名が書かれています。題名は、「星の霜」と「星や霜」の二種類があり、各5図の計10図が知られています。

この≪星の霜当世風俗 蚊やき≫は、文政2年(1819)に制作されました。なぜこの年に制作されたかというと、この美人画に配された役者団扇を見ればわかります!

≪星の霜当世風俗(蚊やき)≫

この作品には、蚊帳の中に入ってしまった蚊をこよりに点けた火で焼き殺そうとする、当時の庶民の女性風俗が捉えられています。画面下部に注目すると、三代目尾上菊五郎の助六が描かれた団扇が見えます。菊五郎の助六の初演は文政2年(1819)3月中村座で上演されました。(浄瑠璃は「助六曲輪菊」すけろくくるわのももよぐさ)そのため、役者の団扇を見るとこの作品がいつ制作されたのかがわかるのです。

助六は、市川家の芸ですが、菊五郎が団十郎への挨拶なしに勝手に演じてしまったため、両者不和の原因になりました。

※こちらのお話は、第二回目「美人画研究会」にて、新藤先生にご教授頂きました。

http://bijingakenkyukai.jimdo.com/研究会/第2回/

美男子の三代目菊五郎は、楽屋の鏡に自分の顔を映しながら「どうして俺はこんなにいい男なんだろう」と呟いたというエピソードもあります。

役者が描かれた団扇は、一本十六文で、他の団扇絵が十二文~十四文だったそうで、他の団扇よりも若干お高めでした。