浮世絵コンシェルジュ 畑江麻里

【展覧会情報】「鈴木春信展」千葉市美術館、他

9月5日(火)

「ボストン美術館浮世絵名品展 鈴木春信」のレセプションにご招待いただき、心躍らせ千葉市美術館へ行ってきました。

鈴木春信の作品は、約8割が海外の美術館に所蔵されているため、日本国内で観る機会は限られていますが、今回千葉市で春信の錦絵や絵本を一堂に観ることができます!ボストン美術館所蔵の春信作品を間近で観ることが出来、至福の一時を過ごすことができました。

 

この展覧会に取り上げられている鈴木春信は、浮世絵版画が誕生してから約100年後の明和2年(1765)に、高度な多色摺による錦絵の確立を成し遂げた浮世絵師です。和漢の古典文学を当世風俗に描く「見立絵」や、江戸の庶民に広く知られ人気を得ていた「評判娘」を描き、一世を風靡しました。

春信は修士論文で取り上げた思い入れの強い絵師なので、この期間にあと3回は観に行きたい・・

 

鈴木春信の作品は某博物館でも今月18日迄ご覧頂くことができます。(入館料200円とかなりお得!) 
海外に行かなくても本物に出会える機会、お見逃しなくっ♫

某博物館の春信作品①

《舟遊び》明和4、5年頃(1767、68)

武士の舟に美女2人の小舟が近づき、座る美女が武士の船の縁をつかんで離れないように寄り添っています。立ち姿の美女の頭上に舳先があり、それがまるで烏帽子のように見えます。この構図から、本作は中国の詩人、白楽天が日本を訪れ、住吉明神の化身である漁夫に出会うという謡曲「白楽天」の見立てではないかということが指摘されています。

この他にも、武士の羽織の紋に注目すると、それが「星梅」の紋章で、本作が描かれた頃に幕政で大きな力を持ちはじめた田沼意次の家紋の七曜紋に見立てられているのではないかとも言われています。露骨に意次の七曜紋を描くことはできないため、あえてこの星梅の紋を描いたと考えられます。

 

某博物館の春信作品②

《洗濯美人》明和期(1764~1771)

 浮世絵の中には、家の柱を飾るための極めて細長い形式の「柱絵」があります。柱に貼り付けたり、簡単な軸装にして掛けたりして利用されたものであり、春信も多くの柱絵作品を残しています。(春信はこの柱絵を約140点手掛けたと言われています。)

 この柱絵による本作では、川端で美人が足で布を踏んで洗濯している様子が描かれています。その上の崖には、中国の漢服のような服装と帽子で目が大きくひげを伸ばした男が、小鬼を縄にくくって美人に向けて垂らしています。この小鬼を、洗濯する美人の脛に見とれて神通力を失い、空から落ちたという久米仙人に見立てて画題にしたもののようですが、一方で小鬼を使う男の外見は鍾馗様のようです。久米仙人の説話と鍾馗の逸話をを合体させたものでしょうか。

某博物館の春信作品③

《千代鶴》明和7年(1770)

三枚重ねの敷布団の脇で本を読む遊女。膝元の本の題箋には『つれづれ草』の書名が見えます。左上には「千代鶴 夜すかたの つもるはなしや 明の雪」と遊女の源氏名と俳句があります。これは、『絵本青楼美人合』(明和7年刊、青楼とは吉原のこと)の内の一枚です。この本は春信の彩色摺りの絵本で、吉原の遊女多数を描き、彼女たちの詠んだ俳句をそれぞれ絵に添えて、豊かな教養と趣味をあらわしたものです。